国語は人生そのもの

中学受験の国語の場合、精神が既に成熟しているかと否かという点も大きなポイントになります。読解力と言いますが、それ以前の問題として、夕陽を見て涙する祖父のシーンがあれば、その涙の意味を同じような経験をしていなければなかなか理解出来ることはありません。幼少の頃は涙なんて悲しい、痛い時出るものだと決めてかかっています。大人に成長しても同じという人たちもいますが、悲しいの意味がどんどん多種に増えて行き、痛いではなかなか泣かないようになって行くことになるでしょう。

夕陽を見てなぜ泣くのでしょうか。夕陽は、決して悲しい存在ではありません。夕陽に、祖父の人生の中かがあてはめられていることになり、時間経過の浅い子供たちは、悲しみについて深く考えることが出来ません。しかし、いろいろ経験をしている子供なら既に気付くということもあり、これが中学受験の国語に対して大きな成果を生みます。中学受験の特に国語の場合、このような成熟度というものが大きく役割を果たすことになるので、ご両親はじっくり子供さんを見て、中学受験が得意な子供か、高校受験まで待つのかということを判断してみてはいかがでしょうか。国語とは人生そのものとも言えます。