なぜを考える

国語の勉強が結構大変という人たちが多くいます。国語で問われるのは読解であり、なぜそのような答えになるのかということを追求していかなければなりません。この方法を学ぶことは、算数のように繰り返し問題を解くということで身に付けることはできません。国語に問われているのは、答えを覚えるということではありません。算数も違うという人たちがいますが、算数の場合、答えを導く公式まで暗記することによって、スピードアップに繋がりますが、国語にはその過程なる記憶するべき方程式が存在しません。

なぜそういう答えになるのか? それは頭の中にあり、方程式として存在しません。読解の答えがなぜそういう答えになるのか?ということを追求していかなければならないと言うのに、ただ解説を聞いたり、間違いを訂正したりというだけでは、なかなか読解の力をつけることができません。

ご両親も一緒に中学受験の国語に参加をしてください。そして、○○だから、答えは1となるということではなくて、なぜ2では駄目なのか、3じゃいけないのかということを追求して行きましょう。正しいということよりも、なぜということの方法が中学受験の国語を成長させる大きな意味があります。